働き方改革

働き方改革は失敗なのか?自主独立の精神がなければその通り

ネットマガジンの日刊SPAにこんな記事がありました。

「給料下がって仕事は増えた…」トンデモ“働き方改革”に現場から悲鳴

このタイトルからでは、働き方改革がとんでもないものなのかとんでもない働き方改革を実施している企業があるという告発なのかはわかりません。しかし、結論では

「改革」と言えば聞こえはいいが、国民はすでに「働き方改革」の欺瞞を見抜いているのかもしれない。

引用:日刊SPA
と結んでいる以上、働き方改革への批判で間違いないでしょう。
では本当に働き方改革は「トンデモ」なのか、記事中にある惨状を訴える人たちの意見を別の視点で考えてみます。

リモートワークで起こった悲劇か?

「出社せずに仕事ができるようにとパソコンが支給されましたが、結局“いつでも仕事ができるようになった”だけ。業務時間は普通に出社していた時よりも増え、事あるごとにチャットツールで指示が飛んできたり、電話がかかってきたり。むしろ24時間仕事させられるはめに……」

引用:日刊SPA

会社からリモートワークを指示されたIT系企業の方のご意見らしいのですが、確かにこれはひどいですね。普通に文面だけを読めば、リモートワークを始めたことによって拘束時間が一日中に及ぶことになり、休む間もなく働かされるということになりますから、看過はできません。

しかし、自宅での労働も労働時間であり、規定時間を出れば残業だという認識がきっと企業と労働者の両者にかけているのだろう、ということは推測できます。

つまり、このケースはリモートワークに問題があるのではないということです。リモートであろうと出社型であろうと、使用者である企業と労働者である社員との間に、残業時間の概念がなくてはいけません。

それは、ある意味働き方改革の一番コアな部分であり、目的でもあるところです。これをリモートワークや働き方改革のせいにされたのでは、働き方改革もリモートワークもたまったものではないだろう、というのが感想ですね。

同一労働同一賃金のせいか?

「働き方改革の目玉とされているのが“同一労働同一賃金”。要は契約社員も派遣社員も、やっている仕事が一緒であれば正社員と待遇を同じにする、ということ。非正規社員の給与が上がるもの、とばかり思っていたら、我々正社員の給与が非正規に合わせられました。非正規社員も、正社員同様の仕事を求められるようになってしまって……」

引用:日刊SPA

これも一見ひどいことのように思われますよね、これでは企業が丸儲けじゃないかと。

つまり、この人は、こういっているのです「非正規と正規の格差をなくすために非正規は正規社員並みに働かされ、給料は据え置き、正規は据え置いた非正規の給与水準に下げられた」と。

しかし、よく考えてみてください、これを企業側から考えれば、これまで正規に準じる仕事を安く非正規にさせていたのですから、コストがずいぶん楽だったのです。それを同一労働同一賃金にしたのですから、ある意味こうなって当たり前です。

これまで、正規より安く雇っていたこともあって、非正規社員には様々な面で正規社員よりも「楽」な部分があったはずです、しかし給与水準を一定にするなら、その「楽」はなくなります。そうなれば企業はコストが増えますので、その分の負担増が正規社員の給与減につながっただけ。

非正規社員は、仕事量は増えたかもしれませんが、その分様々な面で正規社員待遇を受けることができ、給与以外のメリットは生まれているはずです。そうでなければ、企業が悪辣な企業なだけです。

つまり「それくらいの給料しか出せないその程度の企業だった」もしくは「制度を悪用して労働者から搾取する企業だった」ことが明らかになっただけですよね、これは。働き方改革のせいなどでは、あるはずがありません。

副業解禁は失敗か?

「副業が可能になりましたが、働き方改革によって残業や休日出勤が厳しく制限されるようになりました。なので、ウィークデーでできなかった仕事はこっそり自宅に持ち帰ってやらざるを得ない。本当は仕事の持ち帰りもご法度なんですが、すでに暗黙の了解といった感じで、みな業務時間外労働が当たり前になっています。休日に副業どころか、趣味にも時間を使えなくなってしまった

引用:日刊SPA

これに足りないのは生産性の向上という、考え方です。

働き方改革で、残業や休日出勤が厳しく取り締まられるようになったことで、休日に暇がなくなったというのは、確かに大変だとは思いますが、ここには大きな落とし穴があります。それはそのことを「暗黙の了解」としているという点です。

つまり、「休日に家に持ち帰り仕事をしているという行為が残業だとわかっていても、正規の労働時間ではこれまで同様の成果が出ないから社員もそれを認めている」ということですよね。

多くの人が勘違いしていますが、働き方改革は「仕事量を減らせ」といっているのではありません。そうではなく「仕事時間を減らせ」といっているのであって、ただ単純に労働者の仕事を楽にしてあげようというような改革ではないのです。そう考えれば、正規の労働時間で今まで通りの成果が出ないならば、それは仕方のないこと。

給料を減らされるか、もしくは「給料を減らされないための穴埋め」という副業を家でやるかの二択しかありません。これは企業が社員に対して過度な期待を寄せて過剰な成果を期待しているのか、社員が企業の給与レベルに従った思惑ほど有能でないかのどちらかの問題です。ようは、副業解禁の失敗でも働き方改革のせいでもなく、企業の無能か社員の無能のどちらかがあぶり出されたにすぎません。

改革の成果は出ている

こうして見れば、働き方改革の成果は、如実に表れているといえるでしょう。

そう、それはこれまでの当たり前のように無給で残業をさせることができ、非正規を低賃金で働かせることができ、そして、それでも一つの企業に縛り付けておくことが出来た悪弊。

つまり、起業優位の常識の中にあった、戦後日本の膿が目の前に出てきていることがわかるからです。これまでは、企業は、その悪弊の中で、労働者を思いのままに働かせることで相当な利益を生み出し、そのなかで給料を社員に払ってきていたのです。その悪弊を取り払ったあと、生産性が向上しないならば社員の給料が下がるのは当たり前です。

しかし、労働者の意向で社員の給料を下げられないとすれば、企業はありとあらゆる手で、その決まりの中で社員を働かせようとするでしょう。労働時間は減らしてくれ、でも給料は下げないでくれ。

こんな言い分、生産性を上げないまま通るわけはないのです。また、企業側にしても、この働き方改革を利用して、実質給料は据え置きのまま社員をさらに働かせ甘い蜜を吸おうと画策しているのなら、それは、企業が悪いのです。それを働き方改革のせいにするのは、御門違いも甚だしいといえるでしょう。

企業の甘えと社員の甘え

「給料さえもらえるなら、みんなガンガン働くし残業だってやります。現状は給与が安いし、残業しようが残業代も出ないから当然仕事の質も向上するわけがない。それを働き方改革などといってごまかし、今の給与のままで、もしくは下げてでも、もっと働け、もっとカネを生み出せとハッパをかける。こんな制度、早くつぶれてしまえと思います。労働者をいかに軽く、奴隷としてしか見ていないか、政府や大企業幹部の思惑が透けて見えますよ」

引用:日刊SPA

非常に辛らつな言い方かも知れませんが、まさにこれが甘えです。

働き方改革によって不当労働を減らした結果、自分たちが安い給料で働かされるようになった、給料さえ上げてくれれば問題ない……国が悪い企業が悪い。

しかし、大きな現実が、この意見には見えていません。日本生産性本部が2017年の年末に発表した生産性の国際比較(OECD統計より作成。16年実績。購買力平価ベース)によれば、日本の労働生産性はあのEUの劣等生といわれるイタリアやスペインより低いのです。G7で最下位G20で見ても下にあるのは韓国やトルコ、メキシコくらいです。

この生産性の悪さが、企業の無能からくるものなのか、労働者の無能からくるものなのかはわかりませんが、少なくとも日本人は給料をもらい過ぎているのです。

つまりこれまで日本社会にあった悪弊の中で甘やかされていたのは、企業だけではなくむしろ労働者なのです。働き方改革で「労働時間」ではなく「生産性」に重きを置いた価値基準になったとたんに「こんな制度つぶれてしまえ」と言い出すことを、甘えといわずに、なんと言えばいいのでしょうか。

当たり前が厳しく感じる、甘え

つまり、このマインドには、こういう裏があるのです。

「今までと同じ働き方がいい。でも、長い時間働きたくない、出来れば働く時間は少なくしたい。それでいて給料は今まで通り欲しい、出来れば今まで以上に欲しい。そうならないなら国と企業のせいだ」

もうこれは甘えを通り越して、ただの駄々です。働き方改革は労働者に自由を与えます、そしてそれは、同時に、不当な働き方を自分でどうにかするか、それと知ってそれを選択するか、という2択を与えられているのです。

いかに企業が強くても、労働者が逃げていけばそれは是正するほかありません。

これから労働人口が減少し、労働力の確保が喫緊の課題となっていく中で、働き方改革を悪用した労働者からの搾取は社員獲得のデメリット、労働者がその企業を選択しなければやめざるを得ないのです。

そして、いかに働き方が過酷でも、それを自ら選択するならば、それは労働者の自己責任です。ここは共産国家でも独裁政権国家でもありません、自らが働く企業は自分で選んでもいいのですし、辞めるも勤め続けるも、すべては労働者以外の誰の裁量も必要ありません。

長い間、企業や国が助けてくれる甘い環境に生きてきた日本人には過酷に聞こえますが、それは当たり前のことです。働き方改革は、きめられた時間内で自由に働くという、そんな当たり前のことをしようというだけです。その当たり前の環境が厳しく感じるなら、そこに甘えがあるのです。

自主独立、会社員よ自立せよ。

今までのように、会社はあなたを守ってはくれません。

生産性に応じた給料しかもらえませんし、企業が働き方改革を悪用するかもしれません。

しかしその会社を選んだのはあなたの自由意思で、これから勤め続けるかどうかもあなたの自由意思です。転職・パラレルワークフリーランスノマド等、選択肢は無数にあります。それを選ぶのもあなたの自由意思です。

つまり、足りないのは「自由意思」のみ。

会社員よ自立しなさい。

首についている鎖の届く範囲で与えられた餌を食べる時代はもう終わったのです。もっと餌が欲しいなら、飼い主に向かって吠えるか、その鎖をかみちぎるしかないのです。

The following two tabs change content below.

パラレルワーカー

肩書はCHROではありますが、基本はマーケティング全般や事業企画などが得意で過去には副業紹介サービス「プロの副業」も立上げました。

関連記事

  1. 副業(複業)は人手不足を解消するか?

  2. 副業解禁の流れ、企業に任せていてもいいのか?

  3. 生き残り競争は始まっている。働き方改革後の日本をどう生きていくのか?

  4. 政府の副業推進は、弁当箱もないのに弁当を作れというようなものだ

  5. フリーエージェント(フリーランス)という働き方

  6. 労働生産性について考える。働き方改革の真の意味。

PAGE TOP