働き方改革による社会の変化が目に見えるようになってきた昨今。多くの企業において、働き方改革に基づく業務の改善が行われてきていることはご承知の通りで、そしてそれは非常に社会にとっても労働者にとってもありがたいことに間違いはありません。
しかし、中には、働き方改革というものの本質を理解していない事例も多くみられます。今回はその中でも、注目を浴びた二つの事例を見てみましょう。
働き方改革とは
まず、もう皆さんご存知だと思いますが働き方改革の簡単な説明です。
働き方改革は、簡単に言えば、今後急激に減っていくと思われる労働人口の減少に対応するために政府が打ち出した、新しい日本の労働環境の構築です。
その大きな二つの柱として「労働時間の減少」と「賃金格差の是正」があるのもまたご存知の通りです。政府の考え方としては、こうすることで、より良い労働環境を作り出し、潜在的労働力を高めていくことで絶対数の低下によるデメリットを回避しようというのが、この改革の目玉なのです。これから紹介する事例に関して、この視点を持ってみていってみましょう。
NHK大河ドラマ問題
ではまずこの出来事の概要をから入っていきましょう。
NHKが推し進める働き方改革の形
NHKは公共性の高い公共放送として、いち早く働き方改革に取り組んでいます。そして、その中でも労働時間の減少に関する取り組みは顕著かつ大胆で、NHKでは本年度からテレビドラマ収録におけるスタジオ撮影を22時までに終了すると発表しました。
また、今後は暫時「大河ドラマ」や「連続テレビ小説」の収録を21時までに減少。その様な取り組みを、働き方改革推進委員会や働き方改革推進室というあたらしい部署で定期的に点検や検証を行っていくとしています。
特に労働状況が過酷といわれるテレビの現場に、こういった決まりが生まれるのは素晴らしいことですね。そして、公共放送たるNHKがこういったことを率先してやることの意義は少なくないと考えられます。
『西郷どん』特別編の放映
そんな中4月1日に放送予定だった、大人気大河ドラマ『西郷どん』にある異変が起きます。
本来であれば、本編第13話が放送される予定であった『西郷どん』ですが、なんとこの日、放送されたのは役者へのインタビューなどを含めた「特別編」だったのです。
これは災害や選挙といった特別の事情をのぞけば、57作を数える大河ドラマでは初めてのことです。
もちろん、これはなにもイレギュラーな事態ではなく、予定通りの放送だったのですが、なんとなく大河はいつも続きが見られると思っていた視聴者は大いに戸惑いました。そして、ネット上で散見された意見は、戸惑いとともに決して好意的な意見ではなく、多くの批判が目に付いたのは言うまでもありません。
「特別編」は働き方改革の影響
さて、ではなぜ大河ドラマに突然特別編が挿入されたのか。
それは、NHK広報的には細かい言及を避けているようではあるものの、大方の見方では働き方改革の影響だといわれています。
そう、先ほど紹介した、テレビドラマの撮影時間の短縮が関わっているというのです。つまり、本来であれば隙間なく連続して話が進むはずの大河ドラマも、働き方改革の影響で、いったん特別編を挟む必要が出たというわけですね。
つまり、これはある意味、今の段階におけるNHKの働き方改革後の社会のビジョンだということ。しかし、それは本当に正しいといえるのでしょうか。
労働時間カットと効率化
今回のHNKの件、それは本当に働き方改革後の社会のビジョンとして正しいのか。
段階的に考えていきましょう。
大事なファクトとして、受信料は下がっていない
まず、押さえておかなければならない大事なファクトとして、NHKの受信料は下がっていません。
なぜ今受信料の話を持ち出したのかについては、今後おいおい言及していきますが、まずこの事実をしっかり把握しておく必要があります。
また、NHKは様々なデバイスに対して、NHKの放送が受信できることを理由にその受信料徴収の幅を広げようとしていることも併せて、認識しておきましょう。
労働時間はなぜ減少させるのか
働き方改革における労働時間の減少の目的とはいったいなんなのでしょう
それには複合的にいろいろな要素が絡まってきてはいますし、その根本に労働者の権利の保障という点も当然そこには存在します。
しかし、それは労働時間の減少における副次的な物であり、本来の意味はそこにはありません。そこにあるのは、労働人口の減少に対応するために行われる「労働の効率化」というものが、一番の大目標として認識されていなければならないはずです。
労働を効率化することにより、少ない労働で大きな成果を出す。それが働き方改革における「労働時間の減少」が意味することなのです。
単純な労働時間カットは労働の効率化ではない
であるならば、単純なカットは働き方改革の求める労働時間の減少とは言えないということになります。あくまでも労働時間の減少は、効率を上げることによってなされる物であり、それを全く考えずに見た目の労働時間を減らすようなことは、ただの企業価値の削減でしかありません。
そうなれば、それはそのまま労働者の待遇にかかわってくることになるでしょう。企業の価値はそのままそこで働く従業員の価値になるのですからそれは当然のことですし、企業価値が下がれば当然給料も下がることになります。
つまり労働時間の効率化を伴わない単純な労働時間のカットは、誰のプラスにもならない愚策中の愚策。そして、今回のHNKの一見は、そんな愚策中の愚策である効率化を伴わない単純な労働時間のカットであると、考えられるのです。
効率化と顧客満足度
ではなぜNHKの労働時間短縮は効率化とは言えないのか。
それを、顧客満足度という観点から見ていきましょう。
批判=顧客満足度の低下ではない
まず間違えてほしくないのは、「批判=顧客満足度の低下」ではないということです。
たとえば、何か新商品を発表したときに、だれかがその商品を批判したとしましょう、しかもTwitterやLineなどのSNSを利用して大々的にやったとします。
そして、その意反響はすさまじく、多くの人がそれに同調して、同じ行動をとったとします。しかし、それは声の大きな少数、いわゆるノイジィーマイノリティーである可能性は高く、もしかしたら声を出さない大多数、いわゆるサイレントマジョリティーは新商品に満足しているかもしれません。
ですので、一概に批判があったからクオリティーが低下し顧客満足度が下がったとは言い切れないのです。
値段を下げずに質を下げる行為は別
しかしながら、今回のNHKのやったことは、そうではありません。
NHK的には「特別編」という新商品を出したつもりなのでしょうが、それに対する大方の見方は労働時間の低下によって本編を連続で放映できなくなった結果、という質の低下だからです。そしてここに、受信料が変わらないことがかかってきます。
つまりNHKは受信料という契約上の対価を変えることなく、その結果の商品である大河ドラマの質を低下させたということになるのです。
これは新商品の判断が分かれるというような、基準のないものとは違います。明らかにこれは、労働時間の減少による対価に減少を伴わない質の低下なのです。
質は低下し値段は変わらない=顧客満足度は下がる
そうなれば、もうお分かりだと思いますが、顧客満足度は当然低下します。
値段は据え置きで、商品の質が低下していれば、それは当たり前の結果です。いうまでもなく、多くの職種において、顧客満足度というのは、その仕事の結果の価値を決めるうえで、一番わかりやすく重要視されるべき目安です。
そして、そんな顧客満足度を下げる結果につながる労働時間のカットというのは当然労働時間の効率化とは言えないのです。
NHKの取り組みは働き方改革の趣旨に沿ってはいない
では、NHKの今回の件の問題点について考えてみましょう。
労働効率を上げるとは同一の結果以上が前提
もし、今回の件が起こる前に、NHKが労働時間の減少を理由に受信料を下げるのであればいいでしょう。労働時間を減少させることにより質が下がれば対価が減るのは当たり前ですし、労働時間を減少させることで残業代などの人件費コストは下がります。
もちろんそれはそれで働き方改革の趣旨に反しますから、歓迎はできませんが、顧客満足度の点で理解はできます。しかし、NHKが受信料を下げないというのであれば、話は別です。
そもそも労働効率を上げるという行為は、同等の労働時間であればその結果は向上し、労働時間を減らしたとしても結果である質を下げては意味がありません。
その結果顧客満足度が下がるなどというのはもってのほかです。労働時間をカットしつつも労働効率を上げ、その結果対価を下げることなく顧客満足度を維持できる。それが働き方改革の求める、労働時間の減少の意味なのです。
働き方改革の趣旨をきちんと理解していたのか
問題は、そんな働き方改革の趣旨をNHKが理解できていたのかという点です。
NHKは、働き方改革の一環と思われる改変を2018年の4月から順次打ち出していますが、そのほとんどが首をかしげたくなるものばかりです。
もちろんNHK自体がそれが働き方改革における労働時間の減少の産物だとは言いません。しかし、2018年の4月から過去の連続テレビ小説の再放送を16時台に放送するという取り組みなどは、まさに労働時間の減少がもたらした改変だといえるのです。
常識的に考えて、人気コンテンツの放送量を減らし再放送を増やすことが顧客満足度につながるはずがありません。しかも、何度も言うように受信料という、顧客がNHKに払う対価は変わらないのです。そう考えると、とてものことNHKが働き方改革の趣旨を理解したうえで、労働時間のカットに踏み切ったとは考えられません。
働き方改革をマイナス要因の言い訳にしない
このように、NHKの今回の『西郷どん』の件は、働き方改革の趣旨にのっとっているとはいいがたいものです。そして、そこから見えてくるのは、間違った働き方改革への取り組みが抱える社会的なリスクだといえるでしょう。
もし今後、働き方改革による労働時間の減少を目指そうという社会の命題を逆手にとって、顧客満足度を当然のように下げる企業が続出したら、これは大変なことだからです。
働き方改革は、企業のマイナス要因の言い訳にしてはいけない。今回の件から見えることは、そんなコンセンサスが何よりも必要であるということなのです。
パラレル
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